前に太田総理(だったと思う)で伊集院光が義家氏と「不良による学級崩壊にどう対処すべきか」という問題でやりあったとき*1、義家氏の「不良に対して教師をマンツーマンに近い形で付けてフォローする」という主張に対して、伊集院は
「そうやって不良にリソースがどんどん割かれていることを目の当たりにして、勉強も運動も特にできるわけでもない、ただ真面目にやってるだけが取り得のような生徒はその状況をどう解釈したら良いんだ!?」
というような事を強く主張していたんだけど、これを理解できた人が視聴者の何割居ただろうか。
勉強も運動もできるわけではないから正の方向に注目を浴びるでもなく、でも真面目にやってて問題や害が無いからという理由で負の方向の注目も浴びるでもないため、できる人にだけならまだしも不良にまで本来平等に振り分けられるはずのリソースを奪われるという状況の主張。
極端な話、いじめられっ子がいじめっ子にケアのリソースを無条件で奪われ続ける、というような話。ゴネ得のもっと酷いもの。
対症療法的に「この人が今問題だからこの人にリソースをかけましょう」という事しか考えず、この「真面目だけがとりえで生きている人の徒労感・損した感」みたいなものをどこかでケアすることをスルーし続けると、「真面目な奴ほど馬鹿を見る」という傾向が強まっていくのではないかと思うが。
西尾維新の言葉遊びでは「どいつもこいつも足し算か引き算でもするように人を殺しやがって、せめて微分積分くらいは悩んでくれないかな」って台詞が一番好き
【最終手段】
「問題。覚悟を決めたときにくくる、体の一部は何?」
「首。」
かつてネトゲで数十人を率いていたという妻「相手が欲していることは何で、どうやったらモチ
ベーションを高く持ってくれるかを必死に考え抜くの。そうしたら勝手にみんなが動いてくれる。それがマネジメントだよ。やってないから帰りが遅いんじゃな
いの?」…代わりに会社に行ってもらえませんか?
かつてネトゲで数十人を率いていたという妻「相手が欲していることは何で、どうやったらモチ
ベーションを高く持ってくれるかを必死に考え抜くの。そうしたら勝手にみんなが動いてくれる。それがマネジメントだよ。やってないから帰りが遅いんじゃな
いの?」…代わりに会社に行ってもらえませんか?
病棟の、自分だけのローカルルールなんだけれど、電話をかけるときに、これから話す内容の「タグ」みたいなものを宣言してくれるようにお願いしてお
くと、案外上手く物事が回る。タグはたとえば、「急変です」「報告だけです」「指示の確認です」「書類を書いてもらいたいのですが」とか。
最初にこういう宣言をする、というルールにするだけで、電話を受ける側の覚悟が決まるから、挨拶を聞く数秒間が、ずいぶん楽になる。重要度の高いタ
グ、たとえば「急変です」みたいなタグなら、それを聞いたその時点で、医師の行動は「病棟に行くこと」が全てになるから、タグを聞いたら、もうそのあとの
内容は、聞かなくても行動できたりする。
タグというルールを導入すると、電話をかける側もまた、自分がこれから話す内容は、果たしてどのタグに該当するものなのか、考える必要が発生する。
タグが決まれば、電話をかける相手に行ってほしいことだとか、必要な情報というものが、ある程度自然に決まるから、会話の要点が定まりやすいような気がす
る。
自分がこれから話す内容を、話す前に理解しておくことは、けっこう難しい。言葉というのは、声に出して初めて理解できるところがあって、「会話しな
がら考える」人の会話は、それでもやっぱり伝わりにくい。理解というのは、やり方を教わらないと難しくて、「もっと要領よく」とか、「要点だけ述べて下さ
い」みたいに檄を飛ばしても、問題は解決しない。
「タグ」はごく簡単なルールの割に、電話を受ける側の快適さは、けっこう上がる。こういうのもたぶん、理解のしかた、考えかたの、一つのやりかたに
なっているのだろうと思う。
病棟の、自分だけのローカルルールなんだけれど、電話をかけるときに、これから話す内容の「タグ」みたいなものを宣言してくれるようにお願いしてお
くと、案外上手く物事が回る。タグはたとえば、「急変です」「報告だけです」「指示の確認です」「書類を書いてもらいたいのですが」とか。
最初にこういう宣言をする、というルールにするだけで、電話を受ける側の覚悟が決まるから、挨拶を聞く数秒間が、ずいぶん楽になる。重要度の高いタ
グ、たとえば「急変です」みたいなタグなら、それを聞いたその時点で、医師の行動は「病棟に行くこと」が全てになるから、タグを聞いたら、もうそのあとの
内容は、聞かなくても行動できたりする。
タグというルールを導入すると、電話をかける側もまた、自分がこれから話す内容は、果たしてどのタグに該当するものなのか、考える必要が発生する。
タグが決まれば、電話をかける相手に行ってほしいことだとか、必要な情報というものが、ある程度自然に決まるから、会話の要点が定まりやすいような気がす
る。
自分がこれから話す内容を、話す前に理解しておくことは、けっこう難しい。言葉というのは、声に出して初めて理解できるところがあって、「会話しな
がら考える」人の会話は、それでもやっぱり伝わりにくい。理解というのは、やり方を教わらないと難しくて、「もっと要領よく」とか、「要点だけ述べて下さ
い」みたいに檄を飛ばしても、問題は解決しない。
「タグ」はごく簡単なルールの割に、電話を受ける側の快適さは、けっこう上がる。こういうのもたぶん、理解のしかた、考えかたの、一つのやりかたに
なっているのだろうと思う。
あとこれだけは言っておきたいのだけれど、いまのうちに、努力すれば報われるみたいな宗教からは抜け出しておいていただきたい。順序が逆です。報われるためにはどうすればいいかを考えるのが先です。考えた結果、努力することになる場合はありますが、それで報われなかったとしても、足りなかったのは努力ではなくて、考える頭脳のほうです。中学生の皆さんには自分で考えて結論を出すだけの能力はあるはずです。健闘を祈ります。
「品っていうのはね、隠れた部分の完璧さ」なるほど。「愛嬌っていうのはね、遊び心」なるほど。「色気っていうのはね、色気っていうのは、教養なのよ」なるほど!
altをアルトキーと呼ぶのは当然許容範囲だが、友人はCtrlを「クトゥルーキー」と呼んでいました。そんな忌しいキーをショートカットのたびに使いたくないです。